トロッコ問題はじめてガイド

コラム

この記事の所要時間:310

【状況】
線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。
このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。
そしてA氏が以下の状況に置かれているものとする。

【問題】
この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。
しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?

【前提条件など】
なお、A氏は上述の手段以外では助けることができないものとする。
また法的な責任は問われず、道徳的な見解だけが問題にされている。
あなたは道徳的に見て「許される」か、「許されない」かで答えるものとする。
つまり単純に「5人を助ける為に他の1人を殺してもよいか」という問題である。
功利主義に基づくなら一人を犠牲にして五人を助けるべきである。
しかし義務論に従えば、誰かを他の目的のために利用すべきではなく、何もするべきではない

(ウィキペディアより)

有名なトロッコ問題です。

あなたならどう答えますか?
2、3年前であれば、私は、5人を救う方を選んでいたと思います。
でも、今この問いを突き付けられたら、違う答えを出してそうです。

そもそも感情は功利主義ではない

人は感情の生き物です。

ですので、自分が結論を出す立場にあるのであれば、多くの人が
「誰かを他の目的のために利用すべきではなく、何もするべきではない」
という答えを選びます。

もちろん、ただただ合理的に考えるのであれば、
「5人が確実に助かる道」
を選ぶことが正解かもしれません。

つまりは、当事者に近ければ、義務論をベースに答えを導きだすし、
合理的な答えに基づくといったことを言う人は、功利主義をベースに答えを出すのでしょう。

どちらが正しいという問題ではない

哲学の世界では、トロッコ問題は、「義務論」と「功利主義」。どちらが正しいのかという議論へと発展していきます。

しかし・・・。
もし正しい答えなど存在しないとしたら、この議論自体が意味をなさなくなります。
つまり、5人を選ぶことも、1人を選ぶこともどちらも正しくて、どちらも正しくないという状態です。

正しいことが存在しない世界の中で

ここで問題です。
正しいこと自体が存在しない世界。
そんな世界で、あなたは、答えを出せますか?

正しいことが存在しない世界で答えを出すことは、ホントに難しいことです。
たとえば、視覚で言うあなたの「赤」と周りのみんなのいう「赤」とは別物かもしれないんです。
味覚に関していうと、あなたが思っている「甘い」は周りのみんなのいう「甘い」とは別物かもしれません。

誰かと共有できる正しいというものがない状態では、
「みんなが正しいと言っているから選びました」という理屈は存在しません。

正しいかどうかが問題ではないとき、あなたはどうやって判断しますか?

もし「正しい」の基準がない状況で、何か決断を迫られたとしたら、私は何を拠り所にするでしょう?
それは自分です。自分の感情です。自分の感情に従って、答えを出します。

確かに感情に従うことは、正しくないことも多々あります。
ただ、正しいということ自体が存在しない世の中であれば、誰かが正しいと言っている事に従うよりも、自分の感情に従うほうがよっぽどましだと思うのです。

正しいと言われているホントは不確かなもの。正しくないかもしれないけど自分の感情。
どちらかに従えと言われたら、あなたはどちらに従いますか?

もちろん、どちらを選んだとしても、正解はありません。

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