「語りえぬものについては、沈黙しなければならない。」の意味は?

2017年2月22日コラム

この記事の所要時間:230

哲学者ウィトゲンシュタイン

ウィトゲンシュタインという天才哲学者が居ました。彼の伝記は映画になるほどです。
ちなみに、私もその映画のDVDを持っていますが・・・、個人的には・・・、ちょっと難しかったです・・・。

ともかく、ウィトゲンシュタインの哲学は前期と後期に分けられるのですが、今回は前期を取り上げます。

前期は哲学を終わらせた哲学とも言われ、キレッキレです。

「生きる目的」を聞かれたら? ー 人間を悩ませる哲学的問題

人間を悩ませる哲学的問題は・・・、そうですね。例えば「生きる目的」でしょうか。あなたは「生きる目的」を問われた場合、どのように答えますか?
「世界平和のため」とか「漫画を読むため」とか色々ありますが、どんどん「なぜ?」で掘り下げていくと答えに窮するところにぶつかると思います。

ウィトゲンシュタインは、このような問題はそもそも問題自体が間違っているので、答えなど出るはずがないのだ!ヴォケが!と言うのです(編注:実際はそんなひどい言い方はしていません。念のため)。

理由として、まず、ウィトゲンシュタインは「言葉」とは「世界を写し取るもの」と考えました。
「言葉」が成立する要件として、世界になんらかの「事実」が無ければならないのです。

逆に言えば、存在しない事実や、明晰に説明できない事柄を言葉は写し取れないのです。

愛は5次元・・・。

私は「インターステラー」という映画が大好きなのですが、この映画のテーマは「愛」であり、「愛」とは5次元の存在である、と私は解釈しています。
一般的に、この世界の成り立ちは4次元で説明可能ですが、「愛」は3次元も4次元も超えた5次元の存在としてこの映画では描かれます。

ネタバレになりそうなのでここまでにしますが、ともかく、これをウィトゲンシュタインの考えに当てはめると、4次元までは言葉として明晰に説明することが出来る。しかし、「愛」や「生きる目的」のような問題は4次元を超越しているため、そもそも言葉として語ることは不可能であり、言葉の用法として間違っている、というわけです。

つまり、ウィトゲンシュタインは言葉の限界を定めたのです。これが意味することは、思考が言葉を通じて行われる以上、言葉の限界は思考の限界ということになるんですね。

言葉には限界がある。だから、語れないことだってあるのサ。

以上から、ウィトゲンシュタインは「語りえぬものについては、沈黙しなければならない。」という有名な文章を残したのです。

そして、ウィトゲンシュタインは「哲学的問題は問題が間違っているので『解なし』が答え。だから全部解決されますた!ジャネバイ!」と言って、しばらく哲学をやめてしまいます。ま、また帰ってくるんですけどね。

ともかく、ウィトゲンシュタインの考え方を知っていると、ある特定の状況において、なんらかの危機を脱することが可能(実証済み)になります。

備えておいて損はありません。

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